答志島へ渡る――鳥羽からの船と、三つの集落をつなぐ島の歩き方

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こんにちは、あいです。

鳥羽の海に浮かぶ島のなかで、あたしがいちばん「一日かけて歩いてみてほしい」と思っているのが答志島です。船に乗るのは片道で二十分足らず。それだけの距離なのに、船を降りた瞬間から、道の幅も、家の建ち方も、人の歩く速さも、伊勢の市街地とはまるで違います。

船のりばまでの行き方については鳥羽駅から離島めぐりへの記事に書いたので、今日はその続き――船に乗ってから島でどう過ごすかを書いてみます。九月に入って風が少し軽くなってきたので、島歩きにはちょうどいい季節に向かっているところです。

あい:立ち姿で挨拶

答志島は「ひとつの島」だけど「ひとつの町」ではない

まず、ここを勘違いしていると一日の予定が崩れます。あたしは実際、最初にやらかしました。

鳥羽市公式サイトによると、答志島は答志(とうし)・答志和具(とうしわぐ)・桃取(ももとり)の三つの集落からできていて、島全体で692世帯・1,590人(令和8年1月末時点)が暮らしています。島の大きさは東西およそ6キロ、南北はいちばん広いところでも1.5キロほど。細長い島です。

そして大事なのが、この三つの集落が、それぞれ別の港を持っているということ。答志と和具は島の東側、桃取は西側の付け根にあります。定期船も「和具・答志方面」と「桃取方面」で便が分かれているので、行きたい集落を決めずに窓口へ行くと、あたしみたいに「え、どっちですか」と固まることになります。

あい:板で解説

同じ鳥羽市公式サイトによると、島の8割は自然林。桃取町の奈佐というところには、鳥羽市の木であるヤマトタチバナの原木があって、三重県の天然記念物に指定されているそうです。「島イコール浜辺」と思っていると、意外なほど山の島でもあります。

佐田浜からの船――どこに降りて、どこから帰るか

定期船が出るのは、鳥羽駅から歩いていける佐田浜の鳥羽マリンターミナルです。所要時間の目安は、鳥羽市観光協会のハイキング案内によると桃取まで約12分。答志方面はもう少しかかって、二十分ほど見ておくと安心です。

ここで、島歩きの計画がぐっと立てやすくなる考え方をひとつ。

行きと帰りで、違う港を使う。

答志島は横に細長いので、桃取に降りて島を歩き、和具から帰る(またはその逆)という組み立てができます。往復で同じ港に戻る必要がないぶん、歩いた道をもう一度引き返さずにすむ。あたしはこれを教えてもらってから、島の一日がずいぶん立体的になりました。

2026年の運航について(9月7日時点)

船まわりは、この一年で変化がありました。鳥羽市公式サイトによると、2026年4月1日にダイヤ改正が行われ、定期船が5隻から4隻へと減船されています。便数や時刻がそれ以前とは変わっているので、古いメモや古い記事の時刻表をそのまま信じないほうがいいです。

さらに、この記事を書いている2026年9月7日時点では、船舶検査にともなう予備船での運航が続いていて、答志航路と菅島航路で発時刻に若干の遅れが出るとのこと。鳥羽市公式サイトでは9月19日までの予定として案内されています(あくまで「予定」なので、延びることも早く終わることもあり得ます)。

運賃は、全航路に乗れる1日フリー乗船券が大人1,480円・子ども740円(同じく鳥羽市公式サイト)。片道ずつの運賃は行き先ごとに違うので、公式サイトの運賃表で確認してください。行きと帰りで港を変えて、途中で寄り道もするなら、フリー乗船券のほうが気楽なことが多いです。

時刻表と運賃はこうして改定されるものなので、出かける前日と当日の朝に、鳥羽市公式サイトの市営定期船のページを見る。これだけは省かないでほしいところです。

鳥羽の海。答志島へ渡る船はこの湾から出る

出典: Daderot, Wikimedia Commons / CC0

島を横断する――桃取から和具へ

答志島の歩き方でいちばん知られているのが、島を東西に横断するコースです。

鳥羽市観光協会のハイキング案内によると、桃取地区の船のりばから和具地区の船のりばまでは約6.8キロ、所要およそ2時間。通るのは三重県道759号答志桃取線という道で、通称が「答志島スカイライン」です。名前は立派ですが、要するに島の背骨を通る一本の県道。歩道が整備された遊歩道ではなく生活道路なので、車が来たら端に寄る、という基本の姿勢は必要です。

同じ案内によると、コースの途中には標高101メートルの見晴らし場所があって、そこからは180度の展望が開けるそうです(案内では「RAY FIELD」という名前で紹介されています)。桃取からそこまでが約4.5キロ、そこから和具までが約1.5キロという配分なので、きつい登りは前半に片づく構成だと考えておくとよさそうです。

ただ、二時間というのは「休まず歩き通した場合」の目安だとあたしは思っています。写真を撮ったり、海を見て座り込んだり、集落で何か食べたりすると、あっという間に三時間、四時間になります。帰りの船の時刻から逆算して、余裕を二本ぶん持っておく。船は電車と違って、一本逃すと次が遠いですから。

歩き通す自信がない日は、片方の集落だけを訪ねて往復するのでも十分に楽しいです。答志の集落は、細い路地が家と家のあいだを縫うように走っていて、そこを抜けるだけで一時間くらい経ってしまいます。

島に残っているもの

答志島は、歩いていると「ここでは今も続いている」ものにいくつも出会います。

九鬼嘉隆の首塚・胴塚。鳥羽市公式サイトによると、織田水軍の将として名をはせ、「海の浮き城」とよばれた鳥羽城を築いた九鬼嘉隆は、関ヶ原の戦いののち答志島で自刃しました。その遺言により、首塚と胴塚が和具に残されています。伊勢志摩観光ナビの案内では、首塚は自ら築いた鳥羽城を望む高台に、胴塚はその麓に置かれているとのこと。「城が見える場所に」という遺言だったという伝えを聞いたとき、あたしはしばらく言葉が出ませんでした。

寝屋子(ねやこ)。鳥羽市公式サイトは、これを「戸籍上の兄弟ではない人同士が、終生、兄弟以上の付き合いをする制度」と説明していて、市の無形民俗文化財に指定されています。一定の年齢になった男の子を、世話役の大人が預かって面倒を見る――そういう仕組みが、答志の集落で今も続いているそうです。

マルハチの印。答志の集落を歩くと、家の戸や壁に、丸の中に「八」と書かれた印を見かけます。伊勢志摩観光ナビの説明によると、これは島の八幡神社の神紋で、大漁と家内安全を祈願するものだそうです。ほかの資料では、神事で使われた墨で書くと魔除けになる、という言い伝えとして紹介されていることもあります。由来の説明は資料によって書き方が違うので、あたしは断定しないでおきます。

はっきりしているのは、これが観光のために描かれた飾りではなく、そこに暮らす人の家の印だということ。だから、近づきすぎない・勝手に人の家を撮らない。これは強くお願いしたいところです。

海女文化については鳥羽・海女文化の里の記事にも書きました。答志島も海の仕事の島なので、あわせて読んでもらえるとうれしいです。

桟橋で、おじいちゃんが言ったこと

あい:座っておじいちゃんと話す

前に答志島へ渡った日、帰りの船を待つあいだ、おじいちゃんと桟橋のはしに腰かけていたことがあります。夕方に近い時間で、島の人が発泡スチロールの箱を積み上げていて、子どもが二人、それを避けながら走っていきました。

あたしが「島って、時間がゆっくり流れてるね」と言ったら、おじいちゃんは少し笑って、「ゆっくりに見えるだけや」と言いました。「船の時間に合わせて全部が動いとるんやから、ここの人らのほうがよっぽど時計に正確や」って。

たしかに、そうなんです。船が着く前になると港に人が集まりはじめて、着いたらいっせいに動いて、離れたらまた静かになる。ゆっくりなのではなくて、街とは違う時計で、きっちり動いている。その時計に一日だけ乗せてもらうのが、島へ渡るということなのかもしれません。

まとめ

答志島は、鳥羽から二十分足らず。それでいて、一日を預けるだけの中身があります。

  • 行き先の集落を決めてから乗る(答志・和具方面と桃取方面で船が分かれます)
  • 行きと帰りで港を変えると、島を横断する歩き方ができます
  • 横断コースは県道759号を通って約6.8キロ・2時間が目安。帰りの船から逆算して計画を
  • 2026年4月にダイヤ改正、9月7日時点では予備船運航中。時刻は必ず当日に公式サイトで確認を
  • 島は生活の場です。家の印も、干し物も、漁具も、暮らしの一部として見せてもらう気持ちで

秋から冬は空気が澄んで、スカイラインからの海がよく見える季節です。神宮のお参りだけで帰ってしまうのはもったいない、とあたしが思うのは、こういう島がすぐ隣にあるからなんです。

参考

  • 鳥羽市公式サイト「市営定期船」「定期船ダイヤ」「運賃表」「答志島」(いずれも2026年9月7日時点の掲載内容)
  • 鳥羽市観光協会「答志島スカイライン絶景ハイキング」(コース距離・所要時間・所要船時間)
  • 伊勢志摩観光ナビ(伊勢志摩観光コンベンション機構)「九鬼嘉隆の首塚」「九鬼嘉隆の胴塚」、特集「伊勢志摩の離島 “答志島”」(まる八の記述)